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元コンサルリーマンの雑記ブログ

ターミナル(監督:スティーブン・スピルバーグ、2004)

5段階評価で3点・・・!

空港アドベンチャー+半端な友情物語。
国籍問題で米国JFK国際空港に閉じ込められた男、ビクター・ナボロスキーが主人公の129分。彼の母国はクラコウジアという架空の国(明らかに旧共産国で東欧)なのだが、訪米した瞬間にクーデターで崩壊してしまう。

 

彼は当時の東欧人らしく労働者的に器用(日本だと零細工場のおっちゃんみたいなスキルセット)で空港でも自分の住環境をある程度カスタマイズしていく。主人公は1年くらい空港に閉じ込められるが究極の善人タイプであり、そこで出会う人(空港労働者、美人CA、保護局の取締員)を感化していく。一方でビクター自体は特段の変化を遂げない(英語がうまくなる程度)。最初から人として正しい聖人君子なのである。

 

楽しかった前半から一転、後半で友情パワー(主人公とそれを守ろうとする友人たち)を描いて見せるが非常に陳腐。あとヒロインのアメリアが脚本的に都合のいい女でお粗末じゃないかなと感じた。
前半は細かいところまで楽しい一方、後半が詰め込み過ぎで印象に残らないのが残念だった。

 

前半:空港アドベンチャー

前半は序盤を除き空港アドベンチャーになっている。前述の通りビクターはそこそこ器用であり、次々と空港をカスタマイズして自分の生活の向上してしまう。例えば67番ゲートではベンチを解体してテキパキと簡易ベッドを作るし、買い物カートの回収で小銭を稼ぐ方法を見つける。また美女と出会って親しくなるし、入国審査官と機内食運搬係の間を取りもつことでメシを調達することを覚える。


空港のギミックをあれこれと使いこなしてどうにか生活できる状況にまで作り変えてしまうのだが、このあたりの展開はテンポがよくて笑えるため飽きずに前半が進む。本屋で英語と母国語のNYガイドブックを読み比べ急速に英語をマスターするのも面白かった。

 

このように目の前の課題をクリアしていく上で随所で空港特有な仕掛けを使うため空港アドベンチャー(冒険、自領域の拡張)的な楽しさがあった。

ただし序盤はアドベンチャーというよりも悲惨だった。この辺りも丁寧に描かれていて見応えがあった。


英語が全く分からないビクターは空港内垂れ流しのニュース番組を見て入国できない理由が祖国の消失だと気づく。素朴な善人である彼はここで一気に不安になり大騒ぎする。だが誰も助けてくれない。


当たり前だ。都会では訳の分からない言語で騒ぐ中年なんて誰も関わりたくないのである。観客としても無視する脇役たちに共感してしまう。だから観てられない気持ちになる。「いやいやビクター、それじゃダメなんだよ」が観客の気持ちだろう。


そんなシーンが結構続いても素朴なビクターは半べそで騒ぎっぱなし。彼には都市生活者の洗練さのカケラもない。都会で問題を解決するのに必要なのは大騒ぎすることではなく、礼儀正しく手続きを淡々とこなすことなのだが、そんなことはお構いなしだ。
ビクターにはそんな要素がないことが脚色たっぷりに描かれていて、「人情」vs「制度」といったこの映画のテーマ(の1つ)が観客の脳裏にしっかり刻み込まれるいいイントロだと思う。


ちょっと「やり過ぎ」くらいで描いており、心優しい観客ならばビクターへの感情移入をしてしまうだろう(=スピルバーグの術中へハマる)。


なお、せめてニュースの音声を聴きたいと考えたビクター(空港内の垂れ流しTVは音声なし)がやっとたどり着いたのが「会員制ラウンジ」での放送なのだが、当然会員じゃないからむげに追い返される。ここなんてかなり「やり過ぎ」だが、ツカミで観客の心を掴むダメ押しとしてはよく効いていると思う。

 

なおもっと細かい話をすると「制度」は冒頭5分だけでもしっかり描かかれていると思う。
ド頭の印象的な連続カットで描かれる「不安げに査問に答える入国者たち」と「バンバン判子を押す入国審査官たち」の対比だ。よく見ればエキストラをたくさん使ってきちんと描いていることが分かるだろう。


ここまできっぱりとテーマを提示するのは映像表現たる映画らしくて良い。こういうのが適度に無いと観ていてピンボケしてしまう。

そして観客にこのテーマを植え付けた後、ミッキーマウス(?)のトレーナーを着た中国人軍団がその「制度」を小気味いいまでにぶっ壊す、遊び心満天のシーンを入れるあたりもスピルバーグはさすがである(版権にうるさいW.ディズニー社もスピルバーグには怒れないのだろう・・・)。


もちろんこの遊びのシーンは残りの120分間に何の影響も与えないし、1mmの布石にもなっていない笑。2004年の映画だから台頭してきた困った中国人をコミカルに描き、先進国向けに笑いを取ったのだろう。

 

このように前半は楽しむことができた。当時映画の予告編を見ていて序盤の悲惨な展開がずっと続く映画だと思ったので、笑いありなのが意外だった。

 

後半:都合の良いロマンス+ありきたりマイノリティ友情パワー

細かいところまで描きテンポの良かった前半と比べて後半はイマイチ。詰め込み過ぎでパッとしない。ロマンスは都合よすぎだし、友情パワーはありきたり。またずっと空港から出ない主人公が何考えてるか分からなくなってくる。「こいつ、空港に居たいのでは?」とか勘ぐってしまう。
特に主人公がアメリカに来た理由を終盤まで明かさないので、頑なにNY行きを諦めない主人公にうまく感情移入できず、観ていて「ただの変わり者」になってしまうところだった。

さて、まず都合の良いロマンスについて。まずはじめにCAさん(アメリア)のヒールが折れたところをビクターが颯爽と助けることで出会うが・・・、ここで「お前なんで英語しゃべれんのw。英語が身につくのその後やろww」と都合のよさが炸裂する。まぁヒロイン役の美貌の力で「この人もっと見たい」と流されてしまったけど。しかしその後、アメリアの方から何のとりえもないビクターに心を開くのはさすがに都合よすぎ。いくら人生に疲れて今後を考えなおすタイミングの女だからってそれはない。夢見るばかりから現実に目を向ける年ごろなら相手の収入とか素性・過去とか知らないと惚れることなんてできないだろ~と思った(ビクターの過去は劇中でほぼ開陳されない)。またビクターとのディナーデートにてアメリアは何かが吹っ切れてこれまでのしがらみの象徴たるポケベルを捨て去るのだが、何がそんなに噛み合って決心に至ったのかのか不思議だった。


ちなみにアメリアとのやり取りで主人公のビクターは全く成長しない(彼には成長する余地がない。人生のスパイス程度に楽しむだけ)。思考回路が書き換わり人生を受け入れて一歩進むことができるようになるのはアメリアの方である。究極の善人、ビクターが捲いた種の一つに過ぎない。

 

次にありきたりマイノリティ友情パワーについて。劇中では中盤(起承転結で言う「転」)にてビクターが言葉の通じないロシア人を助けることで、後半では空港労働者の人望を集めることになる。ここでビクターの仲間になるのはマイノリティーばかりだ。
空港の保安取締員は黒人、機内食運搬係はイタリア系移民で、掃除夫は移民の老人である。彼らが団結してカターい白人の保安局長をぎゃふんと言わせる展開がクライマックスを盛り上げる。


「良心的」な映画にありがちな展開で、これら”心優しい仲間たち”が一致団結して立ち上がれば怖いものなし!無敵の強さを発揮して堅苦しい「制度」なんて粉砕してしまう!!のだった。まぁしかしありきたりだった。


グッと来ない原因は各人と主人公の関係がイマイチ描けていないからだと思う。最後に保安局長の指示を破ってまでみんながビクターを助けるのだが、そんなキャリアを壊してまで手を差し伸べるほどの人間関係までいつの間に形成されたのかと置いてけぼりにされてしまった。
※例えば掃除夫のグプタ:捨て身でジャンボジェットを止めに入るが、「お前そこまでする??」と一番置いてけぼりなシーン。ついでに言うとこいつあんまり名脇役じゃなった。


経緯をきちんと描ずに描きたいラストだけ描いちゃったから必然性があんまりなく、ベタでありきたりだなぁと感じてしまったのが原因だと思う。

なおマイノリティー友人たちとの交流でもビクターは成長しない。完成した聖人君子で周囲に何か人生で大切そうなことを教える役に終始する。その副作用でイタリア人(機内食運搬係)が突然結婚したときは笑ってしまったw。絶対何カットか省いてるw。

ここから先はこの映画の責任ではないのだが、アメリカ社会はいい加減この「マイノリティでもいいヤツらはいいヤツらだ!」という痛快図式から目を覚ましたほうがいいのではないかと思う。


実態とかけ離れているからだ。「ハートさえ真っ当なら誰しもヒーローになれる」とでも言いたそうな展開だが、いまだにこのマイノリティーたちは平均寿命も平均所得も白人に及ばない。
ファンタジーである映画では「心の健全さが全てを癒す」ということで騙せるのだが、実態は「実力が全てを癒す」を地で行っている。つまり黒人や移民が白人の優位性を奪うには
集団で猛勉強・猛労働してのし上がり、上流社会にコミュニティを築くしかないのである。良いヤツじゃ足りないのである。そういうミもフタもない現実を見ずに映画でファンタジー(とはいえ勇気・機転・民主主義・ヒーローというアメリカ人の価値観に基づいたファンタジーだから説得力抜群なのだろうが)を描いて
留飲を下げていては悪影響はあっても良い影響は少ない(現状維持を強めてしまう)のではないだろうか。
しかもアメリカはそんな程度の黒人・移民の社会進出を歓迎するわけでもなく「白人の仕事を奪った!許せない!!」としてトランプを大統領にしてしまった。
今後再選すればこういう映画観ても「そろそろいい加減にしたら?」という冷めた目線になってしまう(ハリウッド自体トランプが選ばれたことにショックを受けているらしいけれど。それに2004年の映画だけど)。

 

クライマックス

お父ちゃんの遺志を継いで大物ミュージシャンのサインをもらいに行く。設定自体は悪くないが、雑過ぎて取って付けた感が半端じゃない。ここに至るまであまりにお父ちゃんとジャズに触れなかったから徐々に溜まってきた感情もなく、展開にパワーがない。とてもアッサリな終わり方だった。・・・要らなかったのでは??

多分この映画は300分くらいあったものを削って削って129分にしたのだろう。空港アドベンチャーは細かいところまで楽しく描くのに、後半詰め込み過ぎ!


つれづれ

ちなみに「主人公が聖人君子で巻き込まれた(巻き込んだ)周囲の方が成長してしまう」というのは結構よくある話。たとえば『チャーリーとチョコレート工場』では主人公の少年チャーリーは初めから聖人君子タイプであり成長しない。むしろ感化されたウィリー・ウォンカが成長する(父との葛藤を解消する)。
この「劇中では誰々が成長した」という捉え方はヒューマンドラマジャンルでは鉄則だと思う。ヒューマンドラマ系の骨子は何かの出来事(たいてい”出会い”という言い方で包括される)があって登場人物の「凝り固まった世界観・思考回路」、「偏った認識」が改まり、その人がより自然に生きることができるようになる、自分の人生を受け入れることができるようになるというものだからである。
※この映画では大きく変化する人物はいないが、しいて言うならアメリアだろう。

・クラコウジア共和国:架空の国。ビクターの祖国で2004年1月16日にクーデター。トム・ハンクスのクラウジア語はすべてアドリブでロシア語などをヒントにしている。
・主人公のモデル:マーハン・カリミ・ナセリ。フランスのシャルル・ド・ゴール空港で空港生活していたイラン人。15年にわたり空港生活した。著書「ターミナルマン」。
スピルバーグトム・ハンクスのタッグなら2018年の「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」の方が面白かった。トム・ハンクスのカウンターにメリル・ストリープが出るのだが、ハリウッドスターってすげーなというをまざまざと見せてくれる。スピルバーグの分かりやすい演出も観ていてわかりやすい。なおベトナム戦争についての反省が「若いアメリカ人をたくさん死なせてしまった」オンリー。ベトナムをいかに苦しめたかはノータッチなのがすがすがしい。こんなやつらと第二次大戦の話をしても難しいかな?と感じる。それはこの映画とは関係ない話で、映画としては傑作。