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元コンサルリーマンの雑記ブログ

【映画感想】ペンタゴン・ペーパーズ ~最高機密文書~

※ややネタバレあります。ご注意ください!

めちゃめちゃ面白かった!

ここ最近観た映画の中で一際素晴らしかった。

 

映画のストーリーの軸は「ベトナム戦争泥沼化の裏側を暴く新聞社の闘い」と「表現の自由の意義」。これらはスケールの大きな社会的な話題だが、それを主人公のキャサリン(メリル・ストリープ)とベン(トム・ハンクス)の個人的な想いと見事に交差させて観せてくれるため、実に感情移入しやすい。社会レベルの大きな話なのに個人的な出来事のように手に汗握る展開で物語っており、それがこの映画の観やすさにつながっている。

 

また現代人の人生を考えるとどうしても「仕事」の比重が大きい。
自分の人生や価値観をかけた仕事が一度でもできれば、現代では幸せ者と呼べるかもしれない。ただしそんな話を描くにしてもたった2時間の映像作品で世界中の観客を納得させるのは難しい。一体どうやればそんなことができるのか。それを文句なくやってのけている映画である。

 

観客の気持ちが置いてきぼりにならないために、この映画の序盤~中盤では70年代のアメリカの新聞社において何が重要で、何に情熱をかけるべきなのかが良く描かれている。例えば『機密文書持出しシーンの人生をかけた緊迫感』や『ワシントンポスト社の株式を公開することでのしかかる安定経営へのプレッシャー』、『新聞における特ダネの重要性(怒号が飛び交うデスクのシーン)』がしっかりと描かれている。これを観て相応の感情を喚起させられていれば自然に物語に引き込まれることが可能だろう。

 

こういった仕込みによって「圧」が高まり、キャサリンが「決断」をするシーンの重みへとつながっていく。

 

細部まで豊か、それがいい映画だと思う

そんなストーリーのど真ん中はここでは触れずに周辺的なシーンについて触れてみたい。この映画が面白いな、豊かだなと感じるのは例えばこういうシーンにあると思う。


ワシントンポスト側がついに極秘文書を入手し、みんなでベンの家で解読するシーンだ。そこでのベンの娘の描き方がとてもイイのである。このシーンはとんでもない情報の山に興奮する記者、機密情報漏洩を懸念しまくる顧問弁護士、会社が潰れちゃ元も子もないと迫る経営陣、突然の来客にてんてこ舞いのベンの奥さんと相当騒がしい。


これだけで十分面白いのだが、呼び出された記者たちがベンの家に集まるときに、玄関前でベンの娘がレモネードを売っている点に注目してみたい。70年代のアメリカでは子どもがレモネード屋をやって小遣いを稼ぐのは定番らしいが、父親たちのあわただしさと比べると何とも平和だ。娘はまだ小学生くらいで幼さ・無邪気さが残っている。1カット内で対比することで騒動をよく引き立てている。

 

彼女はどんどん集まるお客さんに対して、騒々しい雰囲気に負けずかわいらしくレモネードを売り続ける。実はこの要素はスクープを脱稿してベンの家がすっかり静かになった後でも尾を引く。娘が稼いだお小遣いをキッカケにベンと奥さんで「何気なく」会話が始まるのだ。この何気なさ故に印象に残らないかもしれないが、違和感のない(よって説得力のある)絶妙なきっかけになっていると思う。


二人は何気ない会話を続けながら、一緒に芸術家的な奥さんの作品作りの準備をする(ここの動作が息ぴったりで二人の過ごした年月を感じる)。会話の中で奥さんがキャサリンのことを話す。猛烈新聞マンのベンにも家族があり、その中で生活していてその中に仕事がある。そして自分だけの目線ではなく家族、特に妻の目も通してキャサリンを理解していき、決断のシーンに厚みが出る。そんなプロセスが実は丁寧に描かれている。


これは否が応でも観る者の中にある種のリアリティを生じさせるのではないだろうか。
この映画はそういう高品質なシーンの連続なのだろうと思う。もちろん主題の料理の仕方が抜群だが一方で細かいところが実に豊かで面白い。いい映画だ。こういう映画は白けることがないし飽きない。自然に引き込まれる。そして見事なカットの度に頭の片隅で感心する。

 

もっと映画を「観れる」ようになりたい

最近映像演出の本を興味本位で読んだ。そのおかげで「映画の映像ってこんなに雄弁だったのか!」と気づくことが多い。まだまだまったくの未熟だが今後ももっと映画が「観れる」ようになりたいと思う。セリフがなくても映像の特徴を観ていれば何が起きているのか、何が起こるのかよくわかる。またカットとしてどんな気持ちなのかもわかる。映像演出について知ることで「これまでと違う観方ができるかもしれない」と気づけたことが新鮮だ。


例えば機密文書を持ち出すシーンでは資料室から出た廊下の蛍光灯が切れかかっている。これは明らかに不安を語っている。キャサリンの家での晩餐会にて、ジョークで笑わないマクナマラ長官の横顔どアップ。明らかに笑えない事情がある。やっぱり問題を抱えていた、とか。セリフではなく映像で語る箇所は数えきれない。

 

映画は観る人任せだ。相当いろんな要素が詰まっている。良質な映画は「醤油」みたいな味わいだと思う。基本の五味はすべて含まれており、糖アルコールの変化でその風味をクラっと豊かに彩る。明確な塩辛さはあるが、風味レベルまでをどう感じるかは受けて次第だ。メインメッセージのしっかりした映画はこういう風味があるように思う。

 

一方で残念なのは・・・

一方残念なのは、あれだけ戦争を長引かせておいてベトナム人への謝罪の意識は露もないところ。この作品の中で「アメリカは今まで負け知らずで驕っていた」、「政治家は体面を気にして多くの若者を死地に追いやった」という認識がワシントンポストの英雄的行為の意義を掻き立てている。しかしそれだけ「悪いこと」という認識はあるのにベトナム側への謝罪の意は一切ない。これはブルーレイの特典映像(キャスト、スタッフインタビュー)でも一切触れられなかった。


まぁアメリからしたら当時共産主義を攻撃するのは当然であったということなのだろうか。しかし自国の若者の命を体面のために失ったことを悔やむ一方で、ベトナムの若者の命については全く感想がない点が少し異様に映った。


今の日本人的感情からしたら「そうは言っても命は平等」という考え方が根付いているので、自国の喪失を悲しんだら自動的に「相手にとっても同じことだ」という発想が出てくるものだと思う。少なくとも私はそう感じたので異様に映った。

 

・・・ただこれは映像作品としての映画の外側の話だと思うので、この映画は変わらず最高だと思います。

 

最後にメリル・ストリープトム・ハンクス凄すぎ。これだけ最高の映画で主役やってもすべてを引き連れてますなぁ。。。なんでアメリカってこんな俳優が生まれてくるんだか。

以上。めちゃめちゃ面白かったです。

 

好きなセリフ:「そんなことしたら建国の父たちが墓から這い出ちまうぞ!」